私に還る My Story
- 7月10日
- 読了時間: 4分

40歳の時、私は自分の意志で家を出た。
それも8歳と12歳の子どもたちを置いて、20年近く続けたデザイナーの仕事も手放して。
夫も子どもたちも、何も悪くなかった。ただ「自分の人生を、自分の足で歩きたい」という思いが、どうしても消えなかった。(今から思うと自分勝手極まりない)
その後、頼っていた人のもとに藁をも掴むつもりで行ったけど、
一緒にアメリカに行こうと言われ(無理ムリーーお父ちゃん助けて嗚咽して泣き叫んだ)
結局、
私の居場所って、ここじゃないんよ
最後に「あんたに食べさせる魚はないその代わり、釣り方を教えてやる」そう言われて、ネットで仕事をする方法を教えてもらった。(本当、今でも感謝してる)
その後、実家に尻尾を巻いて戻った。
けれど、そこも安住の地ではなかった。
母一人が暮らす家で、弟が放った一言。
「出ていけ!」
震える握りこぶしの感触を、今でも覚えている。
「あんたに食わす魚はない」と言ったあの人も、弟の言葉も。今なら分かる。
安住の地は、外側のどこにもなかった。
けど、あのキツい言葉があったから、私は本気になれた。
一人暮らしを始め、はじめて自分と向き合った。
人生を棚卸しをし、ヒプノセラピストとして歩き始めたのは、そこからだった。
NLPトレーナーとなり、いくつかの手法を重ね、あるメンタル系ビジネスの組織でスーパーバイザーとして、1,000人を超えるコミュニティに8年間携わった。
「けーこ姐さん」と呼ばれしたわれた。
この組織に来る人たちが望む世界はなんだろう?
天職、お金?生きがい?人間関係?
存在承認・・自分探しとネガティブ思考がグルグル。
日々メンバーと触れる中で、潜在的にうごめいていた欲求はアンケートを取ってみた
“居場所”だった。
ここが居場所になってるんだぁ。
ここにいるだけで、ここに在籍しているけど悩ましい。
多くのメンバーが「本音で話したい」と言って話してたけど
それは、「ただのグチだったに違いない」それがありのままなんですか?
なんなんだろ?
私は何をすればいいわけ?
常に自分も悩ましい状態になりつつも自問自答する日々。
コロナが広がる半年ほど前、
ワークの最中に、あるメッセージを受け取った。
「郷に還れ」
最初は、聞こえないふりをした。でも、そのメッセージは消えなかった。
それから、それまで出会ったことのないような人たちが、次々と目の前に現れるようになった。「こっちだ!」――迷いが消えた。8年間続けた場所を、私は離れる決断をした。
振り返ってみれば、
モノのデザインから始まった私の歩みは、還るためのデザインへ
モノをデザインすることで、誰かの現状を引き上げる仕事をしていた。
やがて、人の心と向き合うことで、その人が本来の姿へ還っていくお手伝いをするようになった。
「変わりたいのに、変われない」――多くの人が、そして、かつての私自身も、そう言っていた。
だって変わっちゃまずいんだもの。 なんでこんな人生になるのか?望んでないよ。
いや、確かに、望んだことで現実となってきてたもの。 わかった。
自分を変えようししてきたのは時代背景や社会通念、固定概念による当たり前だったもの。
変えようとすればするほど、悩みは拡大する。
本音で話せて素直に表現できる令和の若者たちが教えてくれる。
本来の自分(ありのままの自分とも呼ぶけど)次の時代に移行する中で必要なこと。
It's Alright すべては最善。
自らを変えるのではなく 『還る』こと。
還暦を迎えた今、私は全てに観念し受け入れた。そして 最高の安心は自分の中にあることを体感している。
これは学びや知識では手に入らなかったと思う。 本人が体得することの素晴らしさは他にない歓びだなのです。
さぁ、この時代を気楽にドライビングしていけるコツを知った私が提供するセッションは 私が半世紀で体験した集大成。 時代の流れをいち早くキャッチする能力の高い私だからこそ 多様で一人として同じではないクライアントに沿ったアプローチを提供している。 Photo:愛猫 サーシャと



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