神ごと一代 My Story
- 7月10日
- 読了時間: 4分
更新日:1 日前

物心ついた頃には、もう神仏と繋がっていた。
小学校一年生の頃から、近所の人の相談を受けたり、手を合わせて拝んだりすることが、私にとってはごく当たり前の日常でした。周りの大人たちは、そんな私を見て「将来は高野山に行ってお坊さんになるんじゃろうね」とよく言っていたものだ。
何しろ、私は変わった子だったと思います。
4歳下に弟が産まれた時、私が赤ちゃんに向かって手を合わせて拝んでいたと両親が言っていたという(笑)笑い話があります。
何しろ、仏具に興味があって小1の時、大好きな祖母が亡くなった時、不思議な姿を見たのです。それは神秘に触れたということだと思います。その頃から近所でお葬式があったら呼ばれてお坊様と一緒に拝んでいました。なんと言ってもお経を1回聞くと宙で拝めてしまうのです。
けれど、うちの家系にも親族にも、神仏に関わる者は一人もいない。お寺の跡取りでも、神職の家系でもない。誰かに教わったわけでも、修行して身につけたわけでもなく、私はこれを"神ごと一代"、自分一代のご縁なんじゃと思っています。
20代の頃、私は家業の理容師として働いていました。ところがある日、原因のわからない体の不調に見舞われ、仕事が思うようにできなくなりました。
身体中が青黒い打ち身になったかと思うと、潰れてケロイド常に。さらに目も見えなくなり、、病院に行ったら白血病の末期と言われ入院。それは痛くも痒くもないのですが、ベットで自分の葬式の段取りをしていたほどです。
その頃、自宅の中で水が現れるという怪奇現象が起き始めていました。 いきなり、食事中でも目の前に水の塊が現れてビシャっとかかるのです。 かと思えば、火がないところに火が出たり。 それだけではありませんでした。 玄関においていたステッキが階段を空中に浮かんだまま2階へと上がっていくのです。 これも家族みんな見ていて、不思議がっていました。 2人掛けソファをを1本のステッキで支えていたり、1階の理容室のお客様から「おい、太鼓が聞こえるぞ!何か祭りをしているのか? しているのか?」と。あるわけないじゃろと話しながら、怪奇現象がおそまらない状態でした。
とうとう、子供の頃から近所のお菓子屋さんのおばちゃんに連れられていっていた拝み手のおばあさんに来てもらい、拝んでもらいました。
すると、2階の屋根裏から太鼓や神様たちが何体もゾロゾロとお出ましになられたのです。
誰が、いつ屋根裏にしまっていたのかも知らず、これを機に神棚をつくり、お祭りすると、それらはおさまり、相談にいらっしゃる方が続々と増えていったのでした。
しかし、、これで終わりではなかったのです。
夢で家が燃えるというリアルなメッセージを見るのです。 だから、火事には気をつけるように気を張っていましたが、とうとう。。現実となるのです。自宅と店舗を火事で失ったのです。
なんで自分がこんな目に遭わないといけないのか。当時はそう思っていましたけど、今振り返れば、あれもこれも私を本来の道へ導くきっかけだったんだと思います。
そこから、神仏の道を本格的に歩み始めました。 師匠と呼ぶのは拝み手の100歳のおばあさんひとりです。 屋根裏から神様がお出ましになった時「あーちゃん、神仏に使えにゃおえんと言うておられる」と言う啓示をいただき、龍神不動明王とのご縁に導かれるように、今の形へとたどり着いたのです。全ては神仏に導かれてきました。
私がが伝えているのは、未来を決めつけるものではなく、天界・神仏から受け取ったメッセージを、今を生きる人の力に変えて届けることなのです。
大切にしている言葉があります。
「何でもいい」
深い言葉です。
執着がほどけたとき、本当に必要なものは自然と現れます。 そしてそれらは、見えない力となり私たちに“おかげさま”として頂戴します。
私の関わる世界は摩訶不思議なことも多いものです。
信じるものは救われる
この心の在り方を、相談に来られる方教え育てながら
現実に活かせる解決を行っています。
合掌



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